神社・寺院・歴史 一覧

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ふ 不動院(広島市)
- [ 寺院 | 不動 | 桜 | 紅葉 ]

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広島市東区牛田新町3-4-9
14世紀中頃、足利尊氏が全国に建立した安国寺の一つといわれ、のちに禅宗から真言宗に改宗、不動院となった。原
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よ 吉井邸
- [ 歴史的建造物 ]
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竹原市本町
竹原の町並みで、現存する最古の建築。
屋号を「米屋」といい、代々続いた豪商の家。江戸時代の本陣、棒瓦入母屋、塗りごめ壁、格子窓の建物である。多く
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か 海福寺
- [ 寺院 ]
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尾道市西土堂町14-1
1328年(嘉暦三年)に遊行二祖、他阿上人の開基したといわれる時宗の寺。
境内には「三つ首様」と呼ばれる墓があり、「三ツ首様」伝説で知られる。伝説江戸時代末期の1828年(文政十一
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き 旧木原家住宅
- [ 歴史的建造物 ]
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東広島市高屋町白市1046-1
豪商木原家の住宅
木原家は西条盆地の東方の白市に居住し、江戸時代初期から酒造業や塩田業を営み、安芸国有数の商家として栄えた。
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き 清盛神社
- [ 神社 ]
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廿日市市宮島町
平清盛を祭神とする神社で、厳島神社の末社。
宮島を今日の隆盛に導いた平清盛の偉績をたたえ、その霊を慰めるために昭和29年に建てられた神社です。清盛の命
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こ 光明坊光明三昧院
- [ 寺院 ]

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尾道市瀬戸田町御寺757
聖武天皇が行基に命じて建立したとされる真言宗の古刹。
天平年間に聖武天皇の勅願で行基が創建した真言宗の寺。本尊の阿弥陀如来坐像や鎌倉時代建立の十三重石塔婆は国の
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こ 古保利薬師収蔵庫
- [ 歴史 ]

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山県郡北広島町古保利224
平安初期の薬師如来など十二躯の仏像(国の重要文化財)を収蔵。
弘仁年間(810~824年)に弘法大師が自ら仏像を刻み、寺院を建立したと伝えられている。収蔵庫には本尊薬師
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]

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広島市中区中島町1-6
国立の被爆者を追悼する施設。
国立の施設としては初めて広島平和記念公園内に設置(2002年8月1日)された。原爆死没者慰霊碑や広島平和記
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]

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福山市鞆町後地536-1
「潮待ちの館」の愛称をもつ資料館。
万葉の時代から栄えた鞆の浦を中心とする瀬戸内の歴史と文化を紹介する施設で、福島正則が築いたとされる鞆城跡(
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ぶ 佛通寺

- [ 寺院 | 紅葉 ]

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三原市高坂町許山22
[ 紅葉時期 11月上旬~11月中旬 ]
日本屈指の参禅道場として知られる臨済宗佛通寺派の大本山。室町時代の文化財も多い。秋には赤、黄、朱色など色と
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み 御年代古墳
- [ 碑・像・塚・石仏群 ]
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三原市本郷町南方
古墳時代終わり頃に造られたとされる巨大な横穴式石室。
7世紀中頃のものといわれている横穴式石室と内部の2つの家型石棺には、古墳時代終末期のすぐれた技術が用いられ
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み 御手洗七卿落遺跡
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]

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呉市豊町御手洗
休憩所・資料館として整備されている。
元治元(1864)年、蛤御門の変で長州軍が幕府に敗れたため、三条実美ら討幕派5人の公卿が、長州兵に守られて
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も 毛利元就の墓
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
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安芸高田市吉田町吉田
郡山城跡山麓の洞春寺跡にある名将毛利元就の墓。
1571年(元亀2)、城麓の御里屋敷で75年の生涯を閉じた元就。墓標にははりいぶきが植えられている。境内に
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ら 頼惟清旧宅
- [ 歴史的建造物 ]
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竹原市本町3-12-21
頼山陽の祖父、惟清の家。
春水をはじめ、惟清の子で三頼と呼ばれる(春水、春風、杏坪)を輩出した頼一門の発祥の地。建物は1775年(安
- [ 歴史 | 公園 | 展望台 ]

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呉市豊町御手洗
重要伝統的建造物群保存地区を見下ろせる高台に設けられた公園。
展望台から御手洗の古い町並みや瀬戸内海の島々、愛媛との県境になる岡村橋やミカンの段々畑が見渡せる。
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 自然 ]
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尾道市因島椋浦町
一の城の土居屋敷があった所と伝える。
北麓の城見屋敷が小早川氏の居館と伝えられ、蒲刈小早川栄城の石碑とともに五輪塔群が残っている。
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ち 千葉家住宅
- [ 歴史的建造物 ]
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安芸郡海田町中店8-31
屋敷のつくりや庭のたたずまいに当時の様子がうかがえる。
江戸時代に代々広島藩の天下送り役を務めていた千葉家(神保屋)は、酒造業も営む商家だった。本座敷は数寄屋風書
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は 白雪楼
- [ 歴史的建造物 ]
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呉市下蒲刈町三之瀬197
多くの漢学者がこの建物を訪れている。
江戸時代に多くの漢学者が集った建物を、明治25(1892)年に頼家9代俊直が竹原市に移築、留春居(りゅうし
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ら 頼杏坪役宅運壁居
- [ 歴史的建造物 ]
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三次市三次町1828-2
別名を運壁居。
頼山陽の叔父、杏坪が文政11(1828)年から3年間、町奉行として執務していたところ。書斎や庭など、簡素な
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わ 若胡子屋跡
- [ 歴史的建造物 ]
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呉市豊町御手洗
広島藩公認の御茶屋だった建物。
若胡子屋は、多くの遊女をかかえるお茶屋。離れ座敷にある屋久杉の天井板や土塀が当時の華やかさを伝える。江戸時
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あ 安芸國分寺
- [ 寺院 ]
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東広島市西条町吉行2064
聖武天皇の命により建立された国分寺の一つ。
奈良時代(741年)、聖武天皇の勅命によって、全国60余ヵ国に国分寺が建立され、古代安芸国では当地に建立。
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あ 安芸国分寺
- [ 寺院 ]

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東広島市西条町吉行2064
741年(天平13)、聖武天皇の詔により建てられた国分寺の一つ。寺の西約50mにかつての国分寺の塔跡があり
- [ 歴史街道 ]
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竹原市
訪れる人に憧れと懐かしさを抱かせる「憧憬の路」
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え 胡子神社
- [ 神社 ]

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広島市中区胡町5-14
原爆にも負けず四百年以上、胡子大祭を守り続けてき広島胡子神社。
胡子神社の御祭神は蛭子(ひるこ)神・事代主神・大江広元公(毛利家の始祖)の三柱が三位一体となったえびす神と
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こ 光明寺(尾道市)
- [ 寺院 ]
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尾道市東土堂町2-8
備後路の古刹、瀬戸内水軍ゆかりの寺。
京都東山にあるもみじで有名な浄土宗西山禅林寺派の総本山、永観堂禅林寺の末寺。浄土宗の寺で第12代横綱陣幕久
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と 鞆七卿落遺跡
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]

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福山市鞆町
18世紀中頃から19世紀前期の建物群
明治維新前夜、尊皇攘夷を主張する三条実美ら7人の公家が、公武合体派に追われ長州に下る途中、寄港した港町・鞆
- [ 神社 ]

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廿日市市宮島町1-1
天正15年(1587年)、豊臣秀吉が戦で亡くなった者への供養として毎月一度千部経を読誦するため政僧・安国寺
- [ 歴史街道 | 歴史 ]

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呉市豊町御手洗
江戸時代の町並みが今も残る。
御手洗は江戸時代、北前船や幕府の交易船の寄港地として栄え、風待ち潮待ちの港として知られていた。町には、江戸
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よ 吉原家住宅
- [ 歴史的建造物 ]
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尾道市向島町樫原
日本最古の「農家」として国の重要文化財に登録。
寛永12(1635)年に建てられた寄棟造のかやぶき屋根の民家で、建築された年が明らかになっている農家の中で
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れ 廉塾菅茶山旧宅
- [ 歴史的建造物 ]
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福山市神辺町川北635
菅茶山の私塾「廉塾」と寮舎。
菅茶山は、寛延元年(1748)、神辺宿に生まれ、教育者・漢詩人・漢学者として知られる。東本陣の向かい側にあ












