神社・寺院・歴史 一覧

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や 山田奉行所記念館
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]
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伊勢市御薗町上條1602
弘化2年(1845年)に、ほぼ全焼した山田奉行所を、翌弘化3年(1846)に新築したときの図面「新造小林役
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]
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熊野市有馬町599
郷土のすぐれた民俗資料の収集と保存展示。古代遺跡から出土した縄文土器や、漁具、民具平ノート、郷土新聞など多
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き 霧山城跡
- [ 城 | 歴史 | 展望台 ]
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津市美杉町上多気
南北朝時代興国4年(1343)年に北畠顕能(あきよし)が築いた標高560mの山城跡。天正4(1576)年、
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か 観菩提寺 正月堂
- [ 寺院 ]
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伊賀市島ケ原1349
天平勝宝3(751)年、奈良東大寺の実忠和尚創建の古刹。楼門、本堂、そして33年に一度しかご開帳されない本
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き 北畠神社
- [ 神社 | 庭園 ]
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津市美杉町上多気1148
寛永20年(1643年)、北畠一族の末裔・鈴木孫兵衛家次が、耕地となっていた当地(北畠氏居館跡)に小祠を設
- [ 歴史街道 ]

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熊野市紀和町
「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されている。
熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称。ところどころに苔むした石畳道が
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せ 関地蔵院
- [ 寺院 ]
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亀山市関町新所1173-2
天平13(741)年、行基によって開創と伝えられる古刹で、本尊地蔵菩薩座像は日本最古の地蔵菩薩といわれる。
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そ 蘇民の森松下社
- [ 歴史 ]
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伊勢市二見町松下
「蘇民将来子孫家門」の門符発祥の地。
松下地区の氏神さまで加木牛頭天王社・御船者・蘇民の森ともいわれています。かつてこの地を旅した須佐之男命が、
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な 長野氏城跡
- [ 城 | 歴史 ]
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津市美里町桂畑
南北朝期の国人領主である長野氏の居城跡として昭和57年に国指定史跡に認定されている。
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ふ 古市の町並み
- [ 歴史 ]
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伊勢市古市
伊勢神宮の外宮と内宮を結ぶ伊勢街道沿いの町で、参宮帰りの精進落としで賑わった遊里(歓楽街)、芝居小屋、旅籠
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ふ 福王神社
- [ 神社 ]
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三重郡菰野町田口2404
聖徳太子が1200年前に奉じたと伝えられる毘沙門天を安置したといわれる歴史ある神社。毘沙門天は、日本では福
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あ 青峯山正福寺
- [ 寺院 ]
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鳥羽市松尾町519
標高336mの山頂に壮大な伽藍を有する
青峯山山頂にあり、本尊の十一面観音菩薩は、相差の海からクジラに乗り現れたと伝わる。漁業や船舶関係者の信仰が
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う 上野城

- [ 城 | 歴史 | 紅葉 ]

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伊賀市上野丸之内106
[ 紅葉時期 11月中旬~11月下旬 ]
白鳳城、伊賀上野城とも呼ばれる。
上野丸之内(上野公園)にあった平山城。1585年(天正13年)年に藤堂高虎が手掛けた城。現在の天守は昭和に
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か 加藤家屋敷跡
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]
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亀山市西丸町545
亀山藩主石川家家老を幕末まで務めた加藤家の屋敷地跡(敷地面積1255.97平方メートル)、ナマコ壁の土蔵と
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さ 斎宮歴史博物館
- [ 歴史 | 博物館・資料館 ]
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多気郡明和町竹川503
伊勢神宮に仕えた皇女・斎王とその居所・斎宮の歴史を紹介する県立の博物館斎王の暮らしを映像や資料模型で紹介し
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し 照源寺
- [ 寺院 ]
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桑名市東方1308
寛永元年(1624年)桑名藩主松平隠岐守定勝公(徳川家康公の異父弟)のご逝去に際し二代将軍徳川秀忠公の台命
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つ 津城跡
- [ 城 | 歴史 ]
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津市丸之内
織田信包が天正8(1580)年に津城を創築。別名・安濃津城(あのつじょう)。本丸を中心に出丸を置き、北は安
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つ 津観音寺

- [ 寺院 | 観音 ]

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津市大門32-19
多数の文化財を有する真言宗の名刹で、別堂の阿弥陀如来は伊勢の天照大神の本地仏として有名。古くから人々の信仰
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な 夏見廃寺跡
- [ 寺院 | 歴史 ]
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名張市夏見2759
名張川右岸の男山南斜面にある古代寺院跡。出土遺物から7世紀の末から8世紀の前半に建立されたと推定されている
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な 夏見廃寺展示館
- [ 寺院 | 歴史 | 博物館・資料館 ]
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名張市夏見2759
7世紀末から8世紀前半に建てられたと推定され古代寺院跡。大来皇女が父、天武天皇のために建てた昌福寺とする説
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は 花窟神社
- [ 神社 ]

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熊野市有馬町
日本書紀にも登場する日本最古の神社といわれる。ご神体は45mの巨大な岩でイザナミノミコトを祀る。毎年2・1
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ま 松阪商人の館
- [ 歴史的建造物 ]
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松阪市本町2195
江戸で紙や木綿を手びろく商いしていた松阪商人・小津清左衛門の屋敷跡を公開。建物は17世紀末から18世紀初め



