神社・寺院・歴史 一覧
-
奥豊後・竹田
-
え 英雄寺のボタン
- [ 寺院 | 花 ]
-
竹田市会々2033
数百の朝鮮ボタンが、毎年色鮮やかな花を咲かせます。
英雄寺は、中川二代久盛公が祖父佐久間玄蕃の菩提を弔うため、寛永21年(1644)建立。安産地蔵でも知られて
-
も 籾山神社
- [ 神社 ]
-
竹田市直入町長湯
応神天皇を祀り、別名籾山八幡社ともいう。
神社境内には樹齢800年~1000年と推定される御神木「籾山八幡の大ケヤキ」が立っています。根回り約11m
-
お 岡城跡
- [ 城 | 歴史 | 桜 | 紅葉 ]
-
竹田市竹田
[ 紅葉時期 11月上旬~11月下旬 ]
名曲「荒城の月」のモチーフとなった城跡。春は桜、秋は紅葉の名所。
別名「臥牛城」。標高325mにあり、谷底との高低差は約100m、島津軍を退けた堅城として有名。文治元(11
-
と 殿町武家屋敷通り
- [ 歴史 ]
-
竹田市竹田殿町2062-1
城下町竹田の南部に位置する武家屋敷群。
岡藩時代の面影を残す武家屋敷通りで、通りには往時をしのばせる土塀や門が約120mにわたって並んでいます。通
- [ 歴史 ]
-
竹田市竹田殿町2044
凝灰岩壁をノミでくりぬいて造った礼拝堂。
殿町武家屋敷の裏手に、岸壁をくりぬいてつくられた礼拝堂。幅、奥行きは3m、高さ3.5mほどで、外国人宣教師
-
あ 愛染堂
- [ 寺院 | 歴史 ]
-
竹田市寺町八幡山1773
1635年(寛永12)、岡藩2代藩主・中川久盛が建立。
願成院の本堂として建てられた。堂宇は、軒下の四隅に天邪鬼[あまのじゃく]や人面の彫刻が施された木造宝形造り
- [ 碑・像・塚・石仏群 ]
-
豊後大野市緒方町久土知
向かって右山に宮迫東石仏、左山に西石仏がある。
いずれも熔結凝灰岩の露出した崖面に横長の仏龕を穿ち、その奥壁に仏躰を浮き彫りにし、仏龕の前面には覆屋を差し
-
は 白鹿山 妙覚寺
- [ 寺院 ]
-
豊後大野市千歳町柴山2230番地
石と芸術の里ちとせ
白鹿山山頂に石造の祠がある。白鹿のことが記されたのは古い昔のことという。『日本後紀』巻十に、「延暦二十一年
-
お 大迫磨崖仏
- [ 碑・像・塚・石仏群 | 歴史 ]
-
豊後大野市千歳町長峰1526
高さ3.2mもの大日如来石胎塑像が凝灰岩の壁に彫られている。
国道57号沿いに石灰岩でできた洞窟があり、浮き彫りの磨崖仏を見ることができる。高さ約3m、石芯塑像という珍
-
か 観音寺の十六羅漢
- [ 寺院 | 碑・像・塚・石仏群 ]
-
竹田市寺町八幡山1782
観音寺への参道の石段の右側、自然石の上に石造十六羅漢が並んでいます。
十六羅漢が並ぶ坂道を上ったところに観音寺がある。十六羅漢は仏法を守ることを誓った16人の仏弟子を指すといわ
-
き 旧竹田荘
- [ 歴史的建造物 | 歴史 ]
-
竹田市竹田2069
江戸時代の文人画家、田能村竹田(たのむらちくでん)の邸宅。
江戸時代の文人画家、豊後南画の祖、田能村竹田の邸宅。田能村竹田は、岡藩の藩校由学館(ゆいがくかん)の学頭(